お久しぶりです。ライターの稲葉ほたてです。前回の『脳トレ』インタビュー につづき、今回は『リングフィット アドベンチャー』について、開発者の皆さんの話を聞いていこうと思います。
今回取り上げる『リングフィット アドベンチャー』は「冒険しながらフィットネス」と公式サイトに書かれているように――フィットネスをしながら本格的なゲームを遊べる商品です。
商品に付属するリング状のコントローラー「リングコン」と、左足の太ももにつけて使用する「レッグバンド」にJoy-Conをセットすることで、腕だけではなく、肩、胸、お腹、背中、お尻、足などの部位にかかった力や動きを認識し、ゲームの世界と連動することで、「カラダで戦うアドベンチャー」をお楽しみいただけます。
まだ、プレイされたことがない方は、ぜひ、こちらの映像をご覧ください。
※このインタビューは、2020年3月27日に実施した取材をもとに編集したものです。
1.リングフィット アドベンチャーはどう思いついた?
Nintendo Switchと『Wii Fit』の開発者が制作
今日は『リングフィット アドベンチャー』が、どのように作られたのかを、開発者の皆さんにお伺いしたいと思います。簡単に自己紹介と、これまでにご自身が担当されてきたことについてお話しいただけますか。
田邨嘉隆(以下、田邨)
『リングフィット アドベンチャー』のハードウェア開発のプロジェクトリーダーをしていた、田邨(たむら)です。
このゲームでは両手で「リングコン」を持ち、「レッグバンド」を左足の太ももにつけて遊ぶのですが、ソフト開発のスタッフと一緒に、その仕様を決めていきました。
普段、私はコントローラーの開発を主に行っています。Nintendo Switchの開発時には、HD振動やモーションIRカメラなど、Joy-Conの新しい特徴的な機能を担当しました。
なるほど。Joy-Conをフル活用した『リングフィット アドベンチャー』には、Switchの開発時にJoy-Conの機能を担当された方が参加されていたのですね。そして、前回の『脳トレ』記事に引き続いて登場されるのが……河本さんですね。
河本浩一(以下、河本)
はい、前回もお世話になりました。
今回の『リングフィット アドベンチャー』でも、プロデューサーを務めさせていただいています。
ほかのNintendo Switch用ソフトでは『1-2-Switch(ワンツースイッチ)』や『Nintendo Labo(ニンテンドーラボ)』のプロデュースを担当していますが、Nintendo Switch本体の総合ディレクターでもあります。
そして、次が松永さんですね。
松永浩志(以下、松永)
ディレクターの松永です。実は河本とは同期なのですが、一緒に仕事をするのは、「64DD」【※1】の開発時に少しあった程度で、一つのソフトの開発で共に従事したのは今回が初めてです。
河本
このあとお話ししますが、彼には私が声をかけました。彼しかいない、と思っていましたので。
松永さんは、どんなソフトに関わってきたのですか?
松永
これまでは「Wii Fit」【※2】シリーズの開発を担当してきました。『Wii Fit』、次の『Wii Fit Plus』、それから『Wii Fit U』……。その後はWii Uの『スターフォックス ゼロ』で宮本【※3】の手伝いをしていました。実はしばらくディレクターの仕事はやっていなかったのですが、河本に声をかけてもらい、参加しました。
なるほど、『Wii Fit』を担当された方が近くにいらっしゃったんですね!
【※1】64DD・・・1999年に発売されたNINTENDO 64の周辺機器。NINTENDO 64の本体に取り付ける磁気ディスクドライブで、様々な専用ソフトが存在する。
【※2】Wii Fit・・・任天堂が2007年、ゲーム機Wiiで発売した、「家族で健康。」をキャッチフレーズにした体感型のゲーム。体重を測定したり、ゲーム感覚でフィットネスを遊んだりすることができる。
【※3】宮本茂・・・任天堂株式会社代表取締役フェロー。「スーパーマリオ」シリーズなど数々の任天堂のゲーム作品の開発に関わってきた。「スターフォックス」シリーズもその一つ。
思いついたのは、運動嫌いのプロデューサー
河本
元々のきっかけは、私自身が運動不足を感じてしまったことです。ある時、長時間座りっぱなしになることがあり、その際になんだか身体中が痛くなってしまったんです。おそらく血の巡りも悪くなっていたのだろうし、これは自分の年齢を考えるとマズイぞ、と。
そういうときは、「運動」で体をほぐすのが一番ですよね。
河本
でも、運動をするのが大嫌いなんです(笑)。体育は本当に苦手でした。ゲームは大好きなので、「ゲームをしていたら、いつの間にか運動してしまっていた」みたいなゲームが欲しいな、と考え続けていたら、「RPGと相性がいいのでは?」、と思えてきたんです。
それは、どういうことでしょうか?
河本
運動しても、目に見える変化がすぐに身体に現れるわけではないですよね。
RPGの成長システムなら、ゲームバランスにもよりますが、その日のうちにキャラクターが強くなりますし、強さも数字で見せられるので、わかりやすい。
それで、「運動すると、自分は強くなるんだ」と実感できれば、私みたいな運動嫌いでも続ける気になって、続けているうちに自分の身体も強くなったりしないかな……と。
まずはそんな考えで、社内でスタッフを3人ほど集めて、2015年頃から細々と試作品を作り始めました。
松永
僕は、その頃に「ちょっと作ったものがあるから触ってみてよ」と、河本に声をかけられました。軽い気持ちで「モニターでもするのかな」と会話に参加したら……。
どんどん河本さんのチームに引きずり込まれていって「ディレクター」に……(笑)。
河本
確かそれは試作を仕上げてから1ヶ月程度経った頃だと思います。若いスタッフたちがかなり短いスパンで試作品の開発を繰り返していた時期ですね。
当時はどんな内容だったのですか?
松永
当初はJoy-Conのみで操作するゲームだったんですよ。
河本
身体を動かす操作にJoy-Conが便利だったんです。当時の内容は、Joy-Conを両手にひとつずつ持って、身体を使って敵を倒すRPGというものでした。
その場で足踏みすればキャラクターが画面の奥に走っていって、ルート上で敵と出会ったら、ひたすらJoy-Conでパンチをし、叩いてバトルをして、経験値がもらえる……という感じです。
松永
移動とバトルのパートが分かれていて、マップをクリアしていくようになっていました。そういう意味では骨子はもう固まっていました。
2.リングコンが偶然やって来た!?
ある日、リングコンが持ち込まれた
ソフトの開発が進んでいくなかで、田邨さんはどのあたりから参加されたのですか。
田邨
ソフトの開発開始からしばらく経った、2016年頃のことだと思います。
私の所属するハードウェア開発部では、普段から様々なコントローラーの可能性を研究し、試作をしているのですが、ある日、「直感的に遊べる“力を使ったコントローラー”で“リング型”のものがあります」と河本に紹介したんです。たまたま、だったのですが……。
ん? それはつまり、リングコンは今回のために開発されたわけではないのですか?
河本
そうです。全く別のチームが独自の開発をしていて、ある日、そんな話が聞こえて来たんです。もう我々としては、「こんな丁度いいコントローラーが社内に!?」となりました。
とてつもない偶然ですが、田邨さんたちはどうでしたか?
田邨
当時、筋トレや新しい遊びに活用できないかとは考えていたものの、具体的な使い方は定まっていませんでした。ボタン操作など、普通のゲーム操作には標準コントローラーが一番適していますし、操作のために「力」を使うことから、「面倒くさいのでは」と思われてしまいかねない側面もありましたので。
ですから、我々もこんなにも相性の良いゲームが開発されていたことに驚きました。
ただ……そもそも、こんなに大きな「遊ぶだけで疲れるコントローラー」などという謎の代物が、なぜ開発されていたのかが不思議です(笑)。
河本
任天堂では、色々なコントローラーの試作を続けていますが、このリングコンは、その中ではわりと普通なほう……かもしれません(笑)。
田邨
リングコンの形状については、「力」を使う操作を考えたときに、色々な意味でリング状にすると相性が良い――と気づいたことが大きいです。
このリングコンの上部には金属の筒が入っていて、それがどれだけ変形したかを測定すれば、微小な変形量までデータとして取得できます。力を、かなりダイレクトに認識できるんです。
さらにプレイする側も、しっかりと力を入れやすいし、細かい力の調整もやりやすい。しかも、ぐっと変形させた時の形を見れば、「なにそれ、触ってみたい!」と周囲の方も思ってくれるんじゃないかと。
リングコンとJoy-Conが結びつく
「見るだけで触りたくなる」のはとても大事ですね。しかも、Joy-Conを付けられるなら尚更では?
河本
実は、「自分がゲームの中に入った感覚」を生み出すのにも、リングコンと結びつけられたのは大きかったです。
松永
Joy-Conが片方だけでは「どこに腕があるか」を正確に判定できないんです。ところが、リングコンにJoy-Conを付ければ、リングを両手で持って操作したときに――リングコンの位置と腕の位置が基本的に「一致」するんですね。どういう姿勢を取っているのかを正確に判定しやすくなったんです。
今のお話って、実はこのゲームの魅力の肝になるところかもしれないですね。プレイヤーがどのようなポーズをとっているのかを正確に判定してくれるというシンクロ感こそが、このゲームへの安心感に繋がっていると思うんです。
田邨
確かに、リングコンをコントローラーにするという前提で開発し始めると、自分の身体の動きがキャラクターの動きとシンクロしているという感覚をプレイヤーの方に持っていただきやすくなったと感じました。例えばスクワットをして宝箱を開ける時や、リングコンを引っ張ることで画面内のモノを吸い込んで取る際のシンクロ感に貢献していると思います。
河本
リングコンの技術的側面から見ても、Joy-Conがバッテリーやセンサーとしての役割を果たすだけではなく、HD振動で筋肉のしんどさを腕にフィードバックしたり、モーションIRカメラでプレイヤーの脈拍が測れたりと、Joy-Conの機能を活用することができました。
田邨
Joy-Conを装着する場所は、リングコンの下部なども検討したのですが、脈拍測定のし易さやデザインなども総合的に検討して、上部に落ち着きました。
結果的には、ボタンも操作しやすいですし、すごく使いやすい位置に収まったと思います。Joy-Conがリングコンと結びついたときに、開発は一つのマイルストーンを迎えたんでしょうね。
3.あえて徹底的に運動させる方針へ
フィットネス×ゲームが……面白くならない
そのリングコンがやってきた頃は、 ソフト開発側はどんな状況だったのですか。
河本
リングコンを使用することに決まり、これまでになかった運動……例えば、空気砲やジャンプといったアクションや、「リングアロー」や「モモデプッシュ」といったトレーニングが続々と加わりました。やはり、リングコンとこのゲームの相性は良かったと思います。
そうでしょうね。あの空気砲の感触はリングコンあってのものですよね。
河本
これで良い感じにゲームとして完成する……、と思ったのですが、実はそうではなく。
そう簡単ではなかったんですか?
松永
「フィットネスとゲームを混ぜる」という一番大事なところで悩むことになりました。
最初は、わりと楽観的に考えていたんですが……甘かったですね。これが本質的に難しいことに、だんだん気づいていったんです。
松永さんの『Wii Fit』の経験が、そのまま活かせそうな気がしてしまうのですが……。
松永
むしろ、その発想が甘さにつながっていた気がします。
河本
そこは私も、見通しが甘かったです。
というのも、しっかり運動するものにすると、プレイするのがしんどくて面白くなくなりますし、ゲームとして面白くしようとすると、運動の要素がどんどんなくなっていくんです。
前回に聞いた「脳トレ」の開発の話に似ていますね。トレーニングだから、頭にストレスをかけないといけない。でも、それは根本的には苦痛だから、遊びの楽しさとのあんばいが大変という……。結局、どう打開したのですか?
河本
きっかけは、2018年頃に社内のスタッフに見せたときに、「これ、本当に運動になるの?」と言われてしまったことです。
ハッとしました。実はこの時、ゲームを面白くしたいという意識が強く、だんだん運動の量を減らしてしまっていたんです。でも本末転倒ですよね。図星過ぎてちょっと悔しいのもあって(笑)、「じゃあ、この人をヘトヘトにさせるゲームにしてやるぞ!」と思ったんです。
一気に体育会系になりましたね。でも、運動が嫌いな人は、一層嫌になっちゃいませんか?
松永
ですので、運動自体が嬉しくなるようにするしかなかったんです。プレイヤーと一緒に冒険することになるキャラクター「リング」のボイスを筆頭として、いろんな演出を駆使して徹底的に「応援する」ことにしました。
河本
普通のゲームでもボタンを押すだけですごいエフェクト【※】が出ます。でも、このゲームはとてつもなくしんどい入力が必要なので、その分とてつもなくエフェクトを出してプレイされる方を「応援する」必要があったんです。
ボディービルダーの世界でも、「決まってるね」「切れてるね」といったかけ声があると聞いたのですが、私たちのゲームでも、そういったポジティブな応援を目指そうと思いました。
【※】エフェクト・・・ゲーム内に登場する様々な演出効果。例えば、ゲーム内で剣撃や魔法を用いたときなどに、動きのある視覚効果や音で画面を華やかにする。
なるほど。徹底的に運動させるけど、その代わりにデジタルゲームの演出の総力を結集して、しんどさを上回る嬉しさを実感してもらう、と(笑)。でも、どうなんでしょうか。プロデューサーとしては、ライトに遊んでもらうよりも勇気がいる選択だと思うのですが?
河本
いや、そういう戸惑いはなかったですね。
むしろこれでようやく「これまでにない」商品を開発できるんじゃないかな、という手ごたえを感じて、むしろ少し気が楽になりました(笑)。
ただ、「これまでにない」ということは、正解がわからないということでもあるんです。ゴールもそこに辿り着くまでの道筋もわからない。ワクワクもしますが、不安でもありました。
松永
ええ、そうですね。「これまでにない」遊びに取り組みましたので、実際に体験してみないとわからないことがたくさんありました。当時は、デザイナーもサウンドスタッフもプログラマーも含めて、スタッフ全員を巻き込んで、連日連夜どういう風にプレイされる方を応援すれば良いか、議論していました。
社内で驚かれつつ……バランス調整
最大レベルが999で、普通のRPGよりレベルアップが細かいですよね。成果を実感するタイミングを増やしたのだと思うのですが、どうですか?
松永
1回のプレイの中でテンポよくレベルアップするように意識しました。成長の実感を短いサイクルで味わっていただいて、継続の先に期待できる変化の要素も作りました。
河本
バトルの難易度とプレイヤーの習熟度のバランス調整は、本当に難しかったです。
専任のスタッフが二人で、計算でシミュレーションしていましたが、それで終わりではなく、お客さんの様々な遊ばれ方に対応し、かつ本当に気持ちよく遊んでいただけるように、チーム全員でプレイしながら確かめていきました。難しすぎたり、楽しくなかったりするところがあれば、何度も調整していきました。
テストプレイやデバッグも、他のゲームとはだいぶ違いますよね?
松永
まず、一人一人にヨガマットを支給するところからのスタートでした。そして、プレイする時は「スポーツウェアに着替えてもOK」という環境にしました。とにかく、みんなで運動できる雰囲気を作りました。
その上で、1日にプレイする時間を決めて、「休憩を挟んでください。水もちゃんと飲んでくださいね」と伝えて、スタッフみんなで運動を続けました。
社内で変な目で見られませんでしたか(笑)?
松永
そういう声もありました。
開発の部屋は、いわゆるOAフロアで、床下が空洞になっているので、運動をするとわずかに揺れるんです。ですので、「地震かな……?」と言われたりもして……(笑)。
河本
開発の残り期間が短くなり、一気にチェックしないと間に合わない時に、このゲームでスクワットをし過ぎたせいで、プルプル震える足で階段をゆっくり一歩ずつ降りたのはいい思い出です。
『ゼルダ』などと同じように、チームメンバー全員で一緒に遊ぶ日も何度かあったのですが……その様子は壮観でした。開発室ではなく、まるでフィットネスジムのようで(笑)。
松永
その一方で、「マリオクラブ」【※】にもデバッグをお願いしています。特に助かったのは、敵が強すぎて倒せないようなポイントをみつけてもらったことです。このゲームはバトルで詰まってしまうと本当に大変で……しっかり運動する分、プレイヤーの心が折れやすいんですね。
【※】マリオクラブ・・・マリオクラブ株式会社。任天堂のゲームソフトのデバッグやモニターを行っている。
確かに、自分の筋力がプレイに反映されるから、クリアできないと相当しんどい思いをすることになります。でも、それこそRPGのように経験値を溜めればクリアできるような仕組みも作れましたよね?
河本
そう思いますよね? 私も当初はレベル上げで何とか対応できると思っていたんです。ただ……実際に遊ぶと、クリア後のコースにもう一度行ってレベル上げをするのは、私みたいな運動が苦手な人間には耐えられなかったんです(笑)。
ですので、圧倒的に強い敵などはなるべく無くしましたし、バトルで負けたとしても運動した分の経験値はしっかり入るように調整しました。
松永
あと、ゲームをプレイし過ぎないように、途中で「そろそろ辞めませんか?」と言ったメッセージを出すようにしたのも大事だったと思います。やはり、ゲームは遊べば遊ぶほど面白さが加速してしまうので、どんどん先に進んでしまう方も多いんですが、このゲームの場合は、遊びすぎるとどうしても体力的にしんどくなり、辛い記憶が残ってしまうんですよ。
なるほど。
河本
辛い記憶になってしまうと、二度と遊んでもらえないかもしれないので、そうなる前に先回りしてお願いしているんです。
無理はされないような配慮がなされているんですね。各トレーニングに関しても、様々な方に合わせた調整がされているのでしょうか。トレーニングの監修は、専門の方がされているんですよね。
松永
はい。トレーニングはパーソナルトレーナーの松井薫さんに、ヨガはヨガインストラクターの斉木美佳さんに監修していただきました。どなたでも安心して遊んでいただけるよう、姿勢の取り方や説明内容について様々なアドバイスをいただきました。
4.快適に遊んでいただくために
リングコンの耐久性も重要に
河本
そういった経緯で……徹底的に運動をするものに仕上がっていったのですが、今度はリングコンの耐久性の問題が出てきました。
田邨
そうですね……リングコンの耐久性はかなり苦労した部分です。
リングコンが実際に商品としてご家庭に届けられるまでには、 相当に色々なプロセスがあったんじゃないでしょうか?
田邨
社内モニターの結果から、リングコンの硬さは、かなり早い段階で決めることができました。ですので、その上で耐久性をどう持たせるかが課題となりました。結局、一年くらいは試行錯誤が続いたと思います。
実際にプレイされる方はどんどんパワーアップされていくでしょうし、我々の想定を超える色々な使い方をされることも懸念材料としてありましたので、どんな強い力で押されても大丈夫なように、素材選びや構造から工夫しました。
握力など、かなり個人差がありますよね?
田邨
コントローラーを押し引きする力もそれぞれ違いますし、どれぐらいの頻度でプレイされるかも違います。
そこは、実際にプレイしたログを使って解決しました。センサーの値を一人一人全部保存して、そのデータをまとめて分析していくんです。開発の終盤になると100人くらいのテストプレイヤーがいて、それに色々なゲーム内のフィットネス要素やステージをかけ合わせたものを元にして、計算していきました。
かなりデータを検証して意思決定していくんですね。
田邨
目標の妥当性を確認するためにデータを使う一方で、それを満たすようにできるだけ耐久性を持たせるため、ハードのチーム内で別に検討をしました。
ただ、ある程度まではデータで導けても、そこからがなかなか大変です。リング状のバネには「繊維強化プラスチック」を用いているのですが、樹脂や繊維のメーカーさんとも相談して、一番いい組み合わせの素材を見つける必要がありました。組み合わせはかなり膨大で、細かいところの差まで含めると、数え切れないくらいの試作を作りました。
素材も、相当に拘っていますね。
田邨
万が一壊れたとしても、プレイヤーの方に怪我をさせずに“安全に壊れる”ことも重視しました。
金属でも作れたのですが、その「壊れ方」が危ない可能性があり、耐久性の点でも、「繊維強化プラスチック」のほうが優れていると判断しました。最終的には、かなり質の良い素材を使って、相当なコストをかけました。
プロデューサー視点で言うと、コストがかかるのは困りますね。
河本
質の面でも量の面でもしっかりフィットネスができるものにしたかったので、必要なコストだと思っています。開発チームには、本当に色々と大変な要求をしてしまったんだなと結果的には思いますが……。
田邨
いえ、そういう面白い仕組みをどう実現していくのかを考えることが僕らの仕事であり、やりがいがありますからね。
人の身体は千差万別
いいチームですね(笑)。このゲームで最初に筋力を測るのも、個人差への対応ですか?
河本
リングコンをどれくらい押し込んだり引っ張ったりできるか、脚をどれくらい動かせるかは随分と個人差がありますので、最初に調整しています。結果、小さなお子さまから運動能力が高い大人の方まで、楽しくご利用いただけるものが開発できたのではないかと思います。
田邨
例えばレッグバンドの素材ですが、ものすごく伸びるように作りました。
統計情報を調べたところ、人間の太ももの“太さ”のバラツキが、とてつもなく幅広いことが分かりましたので。
確かに、スポーツ選手などの場合、我々とは比べ物にならない太さにもなりますよね!
田邨
はい、そうなんです。我々としては世界中のプレイヤーにただ一種類だけのレッグバンドで対応したかったので、様々なデータを検討した後、最終的には、太ももの周囲が34センチから70センチまでに対応することを開発目標としました。
目標を実現するため、使用する糸の組み合わせや編み方など様々な設計パラメータを調整しています。
さらに、量産品を長期間ご使用いただけるように、汗への対応や肌ざわり等について、生産を請け負っていただいている協力メーカーさんともかなり検討して、できるだけ太ももに付けて違和感のないものを目指しました。
河本
そこは、担当者たちがかなりこだわってくれたと思います。結果、テストプレイの際にレッグバンドを付けたまま帰ってしまいそうになる社員が実際にいて、「外すのを忘れないように」という注意書きを出口に貼ったくらいです。
自分も、よく忘れそうになります(笑)。
5.キャラクターもゲームから逆算されている
ミブリさんのキャラクター
ちなみに、ゲーム内で運動のお手本を見せてくれるミブリさんが人気なようですが、こちらに関してはどう思っていますか(笑)?
河本
あのとぼけた感じは、制作したスタッフの性格が、よく出ているんですよね。
松永
わりと周囲のことを思いやる人で、その感じがよく出ていると思います。
河本
元々は、どういう姿勢で運動するかを見せるためだけのキャラクターだったのですが、最終的には、我々が予想もしなかった進化を遂げてくれました(笑)。
ミブリさんが日によってはドジをするのも、何か狙いがあるんですか?
河本
プレイするたびに毎回必ず通る部分なので、変化がないとどうしても飽きられてしまうと思いました。
松永
ですので、スタッフには、「そのシーンを飛ばしたいと感じさせてしまってはいけない」と強く言っていました。
その結果、担当者たちは我々もつっこみたくなるようなお茶目なネタをいろいろと入れてくれました。運動の強さを確認できることや豆知識を言う「天の声」と合わせて、運動が続けたくなる工夫ができたかな、と思います。
和風の世界観もありえた!?
そういう意味では、リングが出てくるストーリーに関しても、少し聞いておきたいですね。
河本
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のシナリオなども担当したスタッフが、ストーリーを作ったのですが、彼女の普段の趣味などが色々と出ていると思います。
なるほど。ちなみに、世界観やストーリーは当初どんな想定だったのですか。
河本
現在の姿になったのは、完成の一年前あたりです。
松永
「跳んだりハネたりする」ので、忍者が出てくる「和風」の世界観に思い切って挑戦したこともありましたね。
それはそれで楽しそうな気もしますが(笑)。
松永
ただ、フィットネスを強く打ち出すときに、その趣旨がストレートに伝わりにくい感じになったんです。
河本
つまり、要素が多くなりすぎたんですね。
フィットネスとRPGを足しただけでも「これまでにない」体験のはずなのに、そこに触ったことのないリングコンが加わって、さらに「和風の世界観で、忍者が出てきます」なんて話まで乗せようとすると、誰にとってもわかりやすいものにはならない、と考えました。ただ、製品版にはいろんなところにちょっとずつ和風の面影が残っていますので、ぜひ、探してみてください。
松永
様々な要素について試行錯誤を繰り返してきましたが、実はボスは最初からドラゴンでした。最終的には筋肉ムキムキの「ドラゴ」になりましたが、RPGなら敵はドラゴンだろう、という感覚は最初からありました。
リングのキャラも、できるだけ理解しやすくしたいという開発意図から生まれたのでしょうか?
松永
具体的な提案は河本から出されましたが、プレイヤーを鼓舞して応援する要素は、このゲームに必須だと私も思っていました。そして、リングコンが我々ソフト開発チームに提案されて来たときに、擬人化されたキャラクターを作ったほうが良いという判断をして、その後、物語に合うキャラクターを作り上げていきました。
6.終わりに
では、最後に読者の方にコメントを頂ければと思います。
河本
私のように運動が苦手な方でも楽しめるように、いろんな工夫を詰め込みました。「運動は苦手なんだけど、運動不足のままなのはまずいよな……」と思っているゲーム好きな方、よろしければ遊んでみてください。
もちろん、既にプレイされている方、本当にありがとうございます。これからも、私たちと一緒に、『リングフィット アドベンチャー』で楽しくフィットネスを続けていただけると嬉しいです。
松永
私も同じです。この先も継続してプレイしていただけたら嬉しいです。長い間遊んでいただけるボリュームは頑張って用意したつもりですし、お手軽に遊べるミニゲームや、お好みのトレーニングを自由に組めるカスタムメニューもありますよ!
田邨
このソフトをきっかけに運動習慣ができたという方や、運動するモチベーションになったとおっしゃる方が大勢おられるという話を聞いて、凄くありがたいと感じています。老若男女問わず遊んでいただけますので、これから先フィットネスの輪がより一層広まることを願っています。
今日は、どうもありがとうございました! (了)
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