ゼノブレイドクロス

Field

ゼノブレイドクロス ショートストーリー「BLADE誕生」竹田裕一郎

PART.1──その惑星に、名前はなかった。

 そこに棲息する種族の大半は知性体として、世界の構造を知るほどの段階に至ってなかったからだ。彼らの言葉において、踏みしめているものは“大地”という平面であり、“惑星”という球体ではなかった。

 より正確に言うならば、惑星という概念を有している者が、いずこかに潜んでいたのかもしれない。だが、彼が──もしくは彼らがその認識を他者に分け与えようとすることはなかった。
 だからそこは、まだ“惑星ミラ”ではない。“広くて広くて嫌になっちゃうほど広い地面だも”でしかなかった。

「あー、ほんとに広くて広くて嫌になっちゃうですも」

 歩行するイモがそうつぶやいた。いや、この地原産のイモによく似てはいるが、それはイモではない。ノポン人という種族の少年だ。名前はタツ。

「仕方ないも! こんな遠くまで連れ出したタツが悪いも!」

 応えたのも、やはりイモに似ているが、イモではない。むしろメロンに似た緑色の肌を持つノポン人の少年、ロンである。

 二人はともに、ドドンガ・キャラバンに属するノポン人だ。交易種族であるノポンは、一部の例外を除いて、定住の地を持たない。数〜数十家族でキャラバンを組んで、旅から旅の暮らしを続けている。扱う品は様々だ。動物や植物、工芸品に美術品。ノポン秘伝の品々も、重要な売り物である。

 交易は、得をすることもあれば、損をすることもある。愛くるしい容姿をいかして親切な種族に恵んでもらうこともあれば、悪辣な種族にカモにされることもあるからだ。それでも概ね、気楽な旅を続ける程度の余裕はできる。

 彼らの旅に終わりはない。気の向くままに放浪し、稼げる場所があればしばらく滞在し、異種族の街にイソーローすることもある。中には、ノポン伝説の聖地とやらを目指して、あてもない探索を続けているキャラバンもあるらしい。

 もっともドドンガ・キャラバンは、フツーのキャラバンだ。初代のドドンガから、もはや何代目かわからなくなってしまったが、現在のリーダーがノポンらしからぬほど堅実なノポンだからである。

 植物が豊かに実る地を渡っていき、敵対するモンスターがいれば優しい種族に甘えて退治してもらい、ドドンガ・キャラバンは旅を続けていく。だが、そんな穏やかな旅も、好奇心旺盛な少年にとっては、「退屈で退屈でたまらないですも!」ということになる。キャラバンでもっとも好奇心豊かな少年であるタツは、親友のロンを誘って、偵察に出た。

 偵察とは、食料や交易の材料を仕入れるための行為であり、交易相手を見つけるという大事な目的もになっている。少年であろうと、積極的にこなしていかなくてはならない任務なのだ。

 もっとも、偵察の達人(自称)であるタツと違って、ロンはそうした任務を果たしたことがない。

「ロンが得意なのは、オレんち警備だも!」

 などと言い張って、自分の家であるテントにいつも引きこもっているのだ。

「そんなんじゃ、いつまでたっても一人前のノポンになれないですも! タツが偵察のコツを教えてやるですも!」

「お断りだも! ロンは自宅警備員として生涯をまっとうするつもりだも!」

 外の世界に引っ張り出そうとするタツに対して、ロンはそう言って抵抗した。だが、そんな抵抗も虚しく、ロンは自宅テントの外に放り出された。──というより、蹴り出された。

「あんた、いつまでカーチャンに甘えてるつもりだも! カーチャンだって、いつまでもロンを食わしてやれないも! はやく一人前のノポンになって、カーチャンを楽させるも!」

 正論である。ノポンの伝説に語られる“ホムホム”という種族が伝えたという、尊い教えの言葉──『働かざる者食うべからず』。それを体現した言葉である。

「──仕方ないも。このままだと、伝説の勇者に選ばれてしまうも。それだけは避けたいも」

 帰るべきテントから追い出されたロンは、そう言って、タツへの同行を受け入れた。しぶしぶ、イヤイヤ、不承不承。そんな感じではあったが、それでも貴重な第一歩だ。

「心配ないですも。タツにまかせておけば、いいですも。一緒に偵察任務を果たして、カーチャンを安心させてあげるですも」

「う、うん、わかったも!」

 こうして、二人の少年ノポンは偵察に出た。それが過酷な運命への第一歩であることを、彼らはまだ知らない。

 偵察も最初の頃は、気楽なものだった。道々に生えている草木を食べ、虫を食べる。まずかったら吐き出して、美味しかったらノポン袋に貯め込んでいく。食べきれない分は持って帰って、交易の足しにする。

「ふう、美味しかったですも!」

 タツもロンも満足そうだ。森の中に棲む小さな虫──なんにでも名前をつけるのが好きな種族が、後にマンプクヤモリと名付ける──は、硬い皮の下にぶよぶよとした脂肪の塊があり、ノポンにとっては大ごちそうなのだ。

 だが、この地のルールは弱肉強食。世はなべて食物連鎖という黄金律の支配下にある。ノポンが食べるものもいれば、ノポンを食べるものもいるのだ。美味しいマンプクヤモリを追いかけているうちに森に迷い込んだタツとロンは、肉食の巨大生物に目をつけられてしまった。

「タ、タタタ、タツ! あいつ、こっちを見てるも!」

 後にタペンタと名付けられることになるその生物は、甲羅の表面に草花を生やして地面に潜んでいる。そのため、その存在に気づかないまま、すぐ近くに踏み込んでしまったのだ。

 起き上がり、獰猛な仕草でタツとロンを見るタペンタ。その視線は、二人がマンプクヤモリを見る目とまったく同じだった。

「目をそらしちゃダメですも! 弱みを見せたら襲ってくるですも!」

「わ、わかったも!」

 二人はタペンタから目をそらさないようにして、後ずさりした。だが、しょせんはノポンの浅知恵。タペンタにとって、彼らは手足が生えて歩くだけのイモとメロンに過ぎない。弱みを見せないようにするとかしないとか、そんなことにおかまいなく、タペンタは二人に飛びかかってきた。

 あわてて左右に分かれて走り出すタツとロン。

「わー、オレは美味しくないも! 食うならタツの方にするも!」

「ロンの言う通りですも! タツはとってもジューシーで食べたら絶品ですも──あれ?」

 二人の言葉をちゃんと聞き取ったのか、それとも単にメロンよりイモの方が好物だったのか。タペンタは、タツの方を追いかけてきた。

「うわー、お前、ノポンの言うことを簡単に信じるんじゃないですも〜〜っ!」

 危険が去ったことを悟ったロンは、その場に立ち止まった。そして、友が残してくれた貴重な教訓を胸に、悲痛な叫びが聞こえてくる方向に向かって、つぶやくのだった。

「──タツ、お前の犠牲は忘れないも。オマエが身をもって教えてくれた教訓を胸に、オレはこれからも自宅警備員として生きていくも。やっぱり外の世界は怖いだも」

 そして、ロンは歩き出した。だが、方向音痴のノポンにとって、モンスターに追い回された後、もとのキャラバンに帰るのは至難の業である。ロンはドドンガ・キャラバンとは逆方向に放浪してしまい、数日後、ついに行き倒れてしまう。その後、運良くそこに通りがかった親切な種族に拾われ、その異星人のペット兼自宅警備員として、残りの生涯を送ることになるのだが──それはまた、別の物語である。

「うわぁぁぁっ、お前しつこいですも! いい加減あきらめるですも!」

 そう叫びながら、タツは逃げ回る。だが、タペンタはいつまでたってもあきらめようとはしない。

「むむむ、無理もないですも! これというのも、タツの魅惑のボディが魅力的だからいけないんですも──。ああ、たっぷり脂がのって、適度な弾力としまりの釣り合いがとれた美しいボディ。炭火焼きにしたら、とっても香ばしいですも。想像してたらヨダレが出てきたも──って、自分のお肉にヨダレたらしてどうするですも!」

 走りながら、想像にふけるのはオススメしない。何故なら、足元がお留守になるからだ。この時のタツも、草むらに巧妙に隠されていた金属の物体に、脚を引っかけてしまった。

「うわぁぁぁぁですも!」

 カゴからこぼれたイモのように、コロコロと転がっていくタツ。だが、この時はそれが幸運だったようだ。転倒する直前、タペンタの顎門(あぎと)がいままさにタツを捉えようとしていたのだから。しかも、美味しい獲物をかじりそこなったタペンタの全身は次の瞬間、四方から集中してきたレーザーに灼かれた。

 タツが踏みつけた金属の物体は、何者かがしかけた罠だったのである。その場に仕掛けられていた四門のレーザー銃は、タペンタをこんがりと美味しそうに焼き上げた。

「ふ〜〜〜、食った食ったですも」

 タペンタの丸焼きを完食し、残った甲羅の前でタツは大の字に寝転がった。手足が短いので“大”という文字の姿からはほど遠いのだが、小説でもあるので、そこは見逃してもらいたい。

 とにかく、タツは自分の数倍もあるモンスターを食べきった。小さい体のどこに入るのか、それはノポン九十九の神秘のひとつに数えられる、大いなる謎である。

 ともかく、タツはノポン史に残る危機を乗り切った。だが、本当なら食事に熱中するよりも、考えるべきであった。自分の危機を救った罠──それを仕掛けたのが何者であったのかを。

「──コイツ、俺タチノ獲物ヲ食ッチマッタヨウダゾ!」

「フザケタ小僧ダ!」

 気持ちよく食後の眠りをタンノーしていたタツを目覚めさせたのは、そんな声だった。翻訳機の性能が低いのだろうか、聞きづらくて耳障りな言葉だ。

 起き上がったタツは、二人の異星人が自分に銃を向けている光景を見た。言葉をしゃべり、武器を手にしているのだから、相手は知的生命体に間違いない。だが、その容姿はどう見ても、なにかの間違いで後ろ足で立ち上がってしまった猛獣──にしか見えなかった。

 彼らは、バイアス人と呼ばれる種族である。この地にやってきたのはごく最近のことであり、タツはこれまで見たことも聞いたこともなかった。

「お、お前たち、タツになんの用ですも!?」

「オ前、オレタチノ罠ニカカッタ獲物ヲ横取リシタ。ダカラ、オ前ヲ代ワリニ獲物ニスル!」

 言うと、二人のバイアス人はタツにつかみかかってきた。あわてて逃げるタツ。追いかけっこふたたび。タペンタがバイアス人に代わっただけで、また同じことの繰り返しである。

 この場を生き延びたら、危険な場所で一度助かったからといって、油断するのはやめましょう──という教訓を得るはずだ。もっともノポンの脳みそは小さいので、そんなことに記憶容量を割く余裕があるのか、疑問ではあるのだが。

「ああ、やっぱりタツのような美味しそうな美少年は、野獣のようなレンチューに狙われ続ける運命なんですも。どうせなら、こんな奴らじゃなくて、美少女にきちんと下ごしらえされた上で、丁寧に調理されたかったですも──!」

 そんなことを考えながら、走り続けるタツ。幸い、バイアス人はあまり敏捷な種族ではなかった。入り組んだ森の中では、すばしっこいノポンの方に分があるようだ。

「むむむ、なんだかあいつらをまくことができたようですも!」

 執拗に追いかけてきたバイアス人たちを引き離したタツは、そこがドドンガ・キャラバンの宿営地に近い場所であることに気づいた。

「──あれ、ここなんだか、見覚えがあるですも!」

 森の中を歩いているうちに、見覚えのある地形に出た。たしか、この先へ進めば、崖があって、そこからキャラバンが見えるはず。

 タツは小さな脳みそをフル活動させて、記憶をたどった。そして、崖の上にたどりついた。

 ──だが、それは新たなる残酷な運命の幕開けに他ならなかった。崖に近づいたタツが最初に見たものは、立ち上る幾筋もの黒煙だった。

 そして、崖の端に立つと、無残に焼き払われた宿営地の様子が視界に入ってきた。ドドンガ・キャラバンのテントはいずれも焼かれるか、なぎ倒されていた。だが、タツの家族を含めたノポンたちの姿は、そこには見えない。

「そんな──!」

 ドドンガ・キャラバンのノポンたちは、どこかへ逃げ去っていったのか、それとも連れ去られたのか。死んだノポンの姿は見えないから、全滅させられたのだとは思えない。思いたくない。

 まして、銃を手に歩き回っているバイアス人たちの腹の中に──などとは、考えたくもない。

「みんな──きっと、きっと無事ですも──?」

 家族や仲間、ひとりひとりの姿を思い出しながら、タツはつぶやいた。そして、その後頭部に硬いものが押し当てられた。

 振り向いたタツが見たものは、銃口をつきつけている二人のバイアス人。獰猛な獣の目が細められる。

「ヤット追イツイタゼ。サンザン逃ゲマワリヤガッテ──」

 タツにはもう、気力も体力も残っていなかった。二人のバイアス人は、抵抗しようともしないタツを縛り上げ、カゴの中に放り込んだ。

 二人のバイアス人は前後に並んで歩き出した。互いの肩の間には棒が渡され、そこにはカゴが吊されている。もちろん、中には美味しそうな獲物が捕らわれている。

 丸い眼鏡の下から、涙がこぼれてくる。囚われの身で、タツは泣いた。もうすぐ食べられるであろう自分の運命を呪って、ではない。散り散りになってしまったキャラバンのみんなと、おそらくもう会えないであろうからだ。

 いつかはタツも、キャラバンから旅立ちたいと思っていた。オトモたちを連れて、悪い神様を退治に行くことを夢見ていた。

「でも、こんな形で帰れなくなるとは思ってなかったですも──」

 カゴの隙間から、タツは空を見上げた。涙ににじんではいるが、今日も広い広い空は蒼い。その向こうに、宇宙と呼ばれる真空があることを、ノポンはまだ知らない。

 その蒼い空を、流れ星が駆けた。

「お星様──タツの願い事を聞いてくださいですも! せめてこいつらの仲間にも美少女がいて、タツを美味しく丁寧に調理してほしいですも! こんなブサイクで野蛮な連中に丸かじりされるなんて、タツの美意識が許さないですも! 踊食いなんかゴメンだから、ぜったい踊ってやらないですも! それから──」

 タツの願い事は延々と続いた。流れ星が、一瞬で消えたりしなかったからだ。それは大気圏上層部で燃え尽きるような、微細な隕石ではない。半壊しながら落下してくる巨大な人工物だ。

「うわぁ──」

 タツは願い事を忘れて、山の彼方へ落ちていく巨大な物体を見上げた。円盤状のそれが、巨大恒星間移民船の居住ブロックであるなどと、ノポン人の理解の範疇を超えている。

 そしてそれが、“広くて広くて嫌になっちゃうほど広い地面”に、“惑星ミラ”という名を与える者たちの来訪であると、タツが知ることになるのは、もう少し未来のことであった──。

to be continued...

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