『開発者に訊きました ゼルダの伝説 知恵のかりもの』

2024.9.25

視点が変わると2倍おいしい

任天堂のモノづくりに対する考えやこだわりを、
開発者みずからの言葉でお伝えする
「開発者に訊きました」の第13回として、
9月26日(木)に発売となる
『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』の
開発者のみなさんに話を訊いてみました。

まず、簡単に自己紹介をお願いできますか。

青沼

「ゼルダの伝説」シリーズのプロデューサー、青沼です。
今作は、ずっと「ゼルダ」シリーズのリメイク作を手掛けてくれていた
開発会社のグレッゾ※1さんに、「完全新作のゼルダをつくってほしい」と
僕からお願いをして、現場で一緒に考えながら仕上げてきました。

プロデューサーとしては、
プレイヤー目線で遊びながら
さまざまなフィードバックを繰り返してきました。

※1株式会社グレッゾ。2006年設立のゲーム開発会社。ニンテンドー3DS用ソフト『ゼルダの伝説 時のオカリナ 3D』、Nintendo Switch用ソフト『ゼルダの伝説 夢をみる島』等の「ゼルダ」シリーズリメイク作のほか、ニンテンドー3DS用ソフト『ルイージマンション』、Nintendo Switch用ソフト『ミートピア』等のリメイク作の開発に携わった。

佐野

佐野です。
今作では、任天堂側のディレクターを担当させていただきました。
このプロジェクトの制作進行や段取りを整えたり、
またグレッゾさんでつくっていただいた遊びが
「ゼルダの伝説」シリーズにマッチするのかという観点で、
修正内容を提案したり、できあがりを確認する役割です。

寺田

グレッゾの寺田です。
もともとはデザイナー出身で、地形デザインやレベルデザイン※2
主にやっていたのですが、今作では初めてディレクションという形で
参加させていただきました。

「ゼルダの伝説」シリーズに初めてかかわったのは
『時のオカリナ』のリメイク※3で、
前作『夢をみる島』のリメイク※4では
アートスタイルの構築や3D背景、ライティングなどを担当していました。
「ゼルダの伝説」シリーズの完全新作を手掛けるのは今回が初めてです。

※2ゲームのフィールド上に設置するモノの配置を決め、ステージのデザインを組むこと。

※32011年6月発売のニンテンドー3DS用ソフト『ゼルダの伝説 時のオカリナ 3D』。1998年11月発売のNINTENDO 64用ソフト『ゼルダの伝説 時のオカリナ』を新たに描きなおしたグラフィックや新規要素とともにリメイクしたもの。

※42019年9月発売のNintendo Switch用ソフト『ゼルダの伝説 夢をみる島』。1993年6月発売のゲームボーイ用ソフト『ゼルダの伝説 夢をみる島』をジオラマ風のグラフィックにリニューアルし、「パネルダンジョン」などの新しい要素とともにリメイクしたもの。

ありがとうございます。ちなみに佐野さんは、「ゼルダ」シリーズ初の女性ディレクターなんですね。過去にはどんなタイトルを担当されていたんでしょう。

佐野

今作以前は、主にディレクションをサポートする役割をしておりました。
グレッゾさんのリメイク作では
『時のオカリナ 3D』、『ムジュラの仮面 3D』※5
『夢をみる島』に参加しています。
そのほかには、『トワイライトプリンセス HD』※6
今年11月に発売になる『ブラザーシップ』より前に発売されている
「マリオ&ルイージRPG」シリーズ※7の一部も担当していました。

※52015年2月発売のニンテンドー3DS用ソフト『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面 3D』。2000年4月発売のNINTENDO 64用ソフト『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』をグラフィックも操作も新しくリメイクしたもの。

※62016年3月発売のWii U用ソフト『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス HD』。2006年12月発売のゲームキューブおよびWii用ソフト『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』がグラフィックを新たにリメイクされたもの。Wii U GamePadで直感操作を楽しめる。

※7マリオとルイージふたりが主役のブラザーアクションRPG。兄弟で協力して謎解きやバトルを乗り越えながら冒険を進めていくゲーム。

青沼

グレッゾさんのゼルダのリメイク作は、ほぼいつも彼女にお願いしています。

なるほど、グレッゾさんと一緒に開発する「ゼルダ」には欠かせない存在ですね。それでは、青沼さんから今作がどんなゲームなのかをご説明いただけませんか。

青沼

はい。
『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』は、
ゼルダ姫を主人公として展開する、
見下ろし型ゼルダの完全新作です。

ハイラル王国に謎の裂け目が現れ、人やモノ、
王様やリンクまでもが裂け目に飲み込まれてしまいます。
そこでハイラルの民を救うため、ゼルダ姫が妖精トリィと
「さまざまなモノの力を借りながら」冒険へ出るというストーリーです。

ゼルダがトリィロッドと呼ばれる杖を振って
テーブルをつくりだして足場にして高いところへ登ったり、
魔物をつくりだして敵と戦わせてみたり・・・
このいろんなものの力を借りる遊びを「カリモノ」と名付けて、
「カリモノ」の仕組みを活かしてさまざまな新しい遊びを詰め込みました。

ありがとうございます。「見下ろし型ゼルダの完全新作」という言葉が出ましたが、今回はどのような経緯で新作の開発に至ったのでしょうか。

青沼

実は僕の中で2Dのトップビュー型のゼルダは、
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』※8などの
3Dゼルダとは別に、シリーズとして確立したいという思いが
ずっとありました。

3Dのリアルな視点での世界と、
トップビューで客観的に見下ろした世界では、
遊びの方向性や手応えがまったく別物なので、
「ゼルダ」シリーズの中にそういう多彩さがあることを
大切にしたいなと思っていたんです。

そんな中、グレッゾさんと一緒に開発した
Nintendo Switchでの『夢をみる島』のリメイクは、
グラフィックや遊びの感触という観点で
Switch世代のお客さまへトップビューのゼルダとして
新たなアプローチになったと感じることができました。

グレッゾさんはトップビューゼルダを
今の時代によみがえらせるとても良い表現を確立してくれたので、
それであれば完全新作という形で
今までにないものが開発できると思ったんです。 

※82017年3月発売のNintendo Switch・Wii U用ソフト。100年の眠りから覚めた主人公リンクとなり、広大で危険なハイラルの大地を駆けて生き抜き、記憶を取り戻していく。

グレッゾさんが今まで手掛けてこられた「ゼルダ」シリーズはリメイク作品が多いんですね。新作をつくるとなると、任天堂とのかかわり方が大きく変わるのでしょうか。

青沼

そうですね、必然的に変わることも多かったです。
特に大きく変わったことでいうと、今回は新作をつくるにあたり、
最初にグレッゾさん社内でアイデアコンペをしていただきました。
「次に新しいゲームをつくるとしたら、どんなものがいいですか」って
自由に発想して、発表してもらって、
グレッゾさんのメンバーと任天堂メンバーでそのアイデアを聞かせてもらう、
という機会をつくったんです。

寺田

グレッゾにとっては、一大イベントでしたね。
ずっとリメイクをやってきた中で初めて企画から新作に挑戦するわけですし、
社員全員が企画を考えている時期もあったくらい(笑)。

おかげでアイデアが本当にたくさん出て、審査だけで3日間かかりました。
「ゼルダ」シリーズということでみんな頑張って企画書を書いて、
ドキドキしながら青沼さんたちの前でプレゼンしていました(笑)。

青沼

グレッゾさんとは長いお付き合いではあるんですけどね(笑)。
でもリメイクだと、なかなかみなさんの考えを聞く機会がなくて。
今回はゲームを企画するプランナーさんだけじゃなく、
デザイナーさんやプログラマーさんなど
全員からどんどんアイデアを挙げてほしいとお願いしました。

佐野

参加された方は何十人もいらっしゃって、
一緒に考えていたわけではないのに
ふしぎと同じようなアイデアがいくつも出たんです。
でもそれは全然悪いことではなくて。

「ゲームの中でこんなことをやりたい!」っていう共通の思いが
みなさんの中にあって、それがゼルダの世界にも
すごくあっていたと思います。

寺田

それで、コンペで出た案のなかから
いろいろと検証を重ねて筋の良さそうなものをピックアップしていって、
その中で「コピー&ペーストの遊び※9」と
「トップビューとサイドビューを掛け合わせた遊び」
を軸に開発を進めていくことになりました。

※9フィールドにあるものをコピー(複写)し、別の場所にペースト(貼り付け)する遊び。例えば、テーブルをコピーしてたくさんペーストするとテーブルをいくつも生み出して踏み台にすることができ、敵をコピーして別の敵の前にペーストすると自分の代わりに戦ってくれる。

青沼

ベースはその二点で、僕からはそこに自由度をもたせるような遊びを
考えてほしいと伝えていました。

歴代の「ゼルダ」シリーズをつくってきて
最近は決められた一本道を進むのではなく、
プレイヤーが自由に考えていろんなことができるような遊びじゃないと、
遊び続けてもらえないんだろうなって感じていて。

「謎解き」にしても「自分だけが思いついた方法で解けた」っていう喜びが
味わえるようなゲームがゼルダらしさなので、
そのためには自由度を上げていく必要がある。

だから、今回もグレッゾさんに遊びのベースはそのふたつで、
自由度をあげるような遊びをつくってほしいとお願いしていましたね。

大規模なコンペを経て、ふたつの軸がさだまったということですが、具体的にどのような遊びになったのでしょうか。

寺田

いくつか並行して遊び方を模索していたんですけど、
そのひとつにリンクが扉や燭台しょくだいなどいろんなものをコピー&ペーストして
オリジナルのダンジョンをつくる、という遊びがありました。

ゼルダの遊びをプレイヤーが自分でつくるということで
「エディットダンジョン」と呼んでいたんですけど。

青沼

それをね、「遊んでみてください」って
見せてくれるんですけど、なんだか遊んでるうちに、
自分のダンジョンをつくってほかの人に遊んでもらうのもいいけど、
普通にゲームフィールドにコピー&ペーストできるものを置いて
敵と戦うために使うのも悪くないなあと思えてきて。

それが「カリモノ」の始まりですね。
それまではダンジョンをつくるためだった手段を
自分が冒険を進めるための道具にするっていう
遊びにシフトしていったんですね。

なるほど、そうして「カリモノ」ができていったんですね。その遊びの転換は、開発の初期におこなったんですか。

青沼

えーっと・・・

佐野

「エディットダンジョン」の試作を始めてから1年くらいでした。

寺田

・・・それくらい経ってましたね。

佐野

1年経ってのちゃぶ台返し(笑)。

青沼

みんな今回のテーマはダンジョンをつくる遊びだと思って
開発してるんですけど、実は僕だけ隣で違うことを考えてた(笑)。

でも、ちゃぶ台を返すまで1年かかったのには理由があって。
やっぱり機能や手ごたえが確かめられてからじゃないと
遊びとして発展できるかどうかの可能性も見えてこないので、
まずはつくってみてほしかったんです。

そんな中で見せてもらった「エディットダンジョン」の機能は、
使い方を「カリモノ」へと変えることで、
さらに新しいゼルダの遊びに発展できる可能性を十分に感じたので、
これなら方向転換しても大丈夫だし、
その方がもっと面白くなるだろうなと思いました。

ただ、ひとつ懸念はありました。
今の時代、ゲーム機の記憶領域は大きくなりましたが、
プレイヤーがコピーして出せるものの種類が増えていくと、
ゲームのメモリをどんどん使うことになるわけで。
果たして破綻しないだろうかって、すごく心配で・・・。

でも心配しながら、最終的にちゃぶ台を返すのは青沼さんですよね。

青沼

そうなんですよ(笑)。
でも無茶した方が多分面白いものができる。
どこまで無茶できるのかは僕も自信がなかったけど、
最終的にはあれだけの数の「カリモノ」を
コピーして使えるようになってすごいなあって。
メモリのやりくり、きっと大変だったと思います。

佐野

新しいものをコピーすること自体がすごく楽しい、ということは
私もかなり初期から感じていました。

「エディットダンジョン」は、
フィールドで冒険をしながらいろいろなものをコピーして、
それを持ち帰って別の専用の場所でダンジョンをつくるという流れでした。

その「コピーするものを集める冒険」をしているときに
サイドビューにしか置いてないものをコピーして、
トップビューの場所にペーストしたら、
ちゃんと機能していることに気づいたんです。

2Dのゲームでは、同じものに見えるオブジェクトでも、
トップビューとサイドビューでは完全に別物としてつくって、
動かすことが多いんです。
でもグレッゾさんはひとつのオブジェクトをどちらのビューでも
機能するようにつくってくださっていました。

どの方向からみても同じオブジェクトが使えるようになっている?

佐野

はい。ただ、同じオブジェクトなんですけど、
見る方向が変わると違う機能を持っているように
見えてくるのが面白くて。

動画例えば、『夢をみる島』のときに「ドッスン」っていう上から落ちてきて
下のものをつぶす、サイドビューにしか出てこない敵がいて。
それをコピーしてトップビューにペーストしたら、
上から落っことして下のものをつぶせるし、
逆に「ドッスン」に乗ったらぐんぐん上まで登っていける
、みたいな。

機能は同じなのに、見る角度を変えるだけで
新しい使い方ができるということに驚きました。

青沼

あれは破壊的な面白さを感じたよね。

佐野

うわあ、こんなことができるんだ!って思いました。
もちろんダンジョンをつくることも面白かったんですけど、
それ以上にコピーしたものをいろんな場所で使えることがすごく楽しくて。

グレッゾのみなさんは、トップビューとサイドビューの掛け合わせを「エディットダンジョン」の試作の段階から意識されていたんですか。

寺田

『夢をみる島』をつくり終わった後、
あの世界がすごくよかったから、
当時試作していた「エディットダンジョン」も
同じようなベクトルで考えていこう
という話を任天堂さんとしていたんです。
『夢をみる島』にはトップビューと
サイドビューのシーンがありましたから、
グレッゾ社内でも必然的に、みんな最初から
トップビューとサイドビューを両方つくるもんだと思ってました。

ただ、『夢をみる島』は島が舞台ですから、
フィールドがコンパクトですし、
昔のゲームのリメイクなので
開発当時は発展できることも限られていたんです。

だからみんなでやりたいと思っていたことを
どんどん広げていくようなイメージで
試作をつくっていきました。

青沼

「ドッスン」って横スクロールで出会うと
正面しか見えないので四角形の薄っぺらいもののように見えるんですけど、
違う角度から見ると奥行きがあって、
巨大な岩みたいなのがドン!って落ちてくる。
その物体としての存在感が全然違うんですね。

平面的な視点と立体的な視点の対比っていうのが
今回のゲームの中の表現を多彩にしてくれるように思ったので、
今作は『夢をみる島』よりもサイドビューのシーンが多くなりましたね。

佐野

まったく同じ機能を使うにしても、
視点を変えると、その使い方の理解度が深まるんです。

「あ、このオブジェクトが上下する高さはどれくらいだろう?」というのは
サイドビューの方がわかりやすいですし、
「このオブジェクトの大きさはどれくらいだろう?」というのは
トップビューの方がわかりやすい。
視点が変わると2倍おいしい、みたいな感じで開発が進みましたね。