みなさん、ファミコンニチハ! 京都在住ライターの左尾昭典です。
「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」の発売を記念してお届けするゲーム開発者インタビュー。第2回のテーマは『バルーンファイト』です。風船にぶらさがって浮遊するキャラクターを操りながら、敵の風船を割ったりして遊ぶ『バルーンファイト』が登場したのは、ファミコン発売から1年半後のことでした。
このゲームをつくったのは坂本賀勇(よしお)さん。坂本さんはこれまで、『メトロイド』や『メイド イン ワリオ』、それに『リズム天国』シリーズのほか、『トモダチコレクション』やスマホアプリの『Miitomo(ミートモ)』など、数多くのゲームソフトに関わってきましたが、入社3年目のときに開発に関わったのが、『バルーンファイト』だったのです。若き日の坂本さんが、どのような想いでこのゲームをつくったのか、そこではどんなエピソードが生まれたのかなど、いろんな話を聞いてきましたので、ぜひ最後までお読みください。
それでは、坂本さん、よろしくお願いいたします。
バルーンファイト篇
「絵が描けるヤツは、ゲームもつくれるはずや」
『バルーンファイト』は1984年の11月ごろにアーケード版が出て、翌年の1月にファミコン版が発売されましたが、坂本さんはそのとき入社3年目だったんですよね。
坂本
僕は1982年入社ですので、そうですね。
『バルーンファイト』をつくる前は、どういう仕事に関わっていたのですか?
坂本
もともと僕は、ゲーム&ウオッチ(※1)のデザイナーとして入社したんです。最初はまず、そのお手伝いをすることからはじまって、自分でもゲーム&ウオッチをつくったりもしました。
※1 ゲーム&ウオッチ=1980年に1作目が発売された“1ハード1ソフト”の携帯型液晶ゲーム機。シリーズで全世界累計4340万個を販売した。
具体的には、ゲーム&ウオッチのどのタイトルをつくったんですか?
坂本
いろいろあるんですけど、たとえばパノラマスクリーンというのがあるじゃないですか。
はい。液晶がカラーになっているゲーム&ウオッチですね。
坂本
そのパノラマスクリーンでは、『スヌーピー』(※2)とか『ドンキーコングサーカス』(※3)、『マリオズ ボン アウェイ』(※4)とかいろいろ出たんですけど、あのへんは全部、僕がやりました。
※2 『スヌーピー』=ピアノから出てくる音符を、スヌーピーがハンマーでたたき落とすゲーム。
※3 『ドンキーコングサーカス』=たるに乗ったドンキーコングが、パイナップルでお手玉をするゲーム。
※4 『マリオズ ボン アウェイ』=爆弾に火をつけられないように、マリオを操作してジャングルを駆け抜けるゲーム。
そうだったんですね。ゲーム&ウオッチのあとは、どんなゲームに関わったんですか?
坂本
アーケードゲームの『VS.レッキングクルー』(※5)です。あの当時、上司だった横井(軍平)さん(※6)は、「絵を描けるヤツは、ゲームもつくれるはずや」という考えかたをお持ちだったんです。そこで、絵を描きながらゲームデザインもする、みたいなことを同時にやっていました。もちろん、横井さんにいろいろと相談しながらですけども。
※5 『VS.レッキングクルー』=1984年に登場した、アーケードゲーム。
※6 横井軍平さん=任天堂在職中にゲーム&ウオッチやゲームボーイなどのゲーム機のほか、ファミリーコンピュータロボットや『Dr. MARIO』などの開発を中心となって手がける。故人。
なるほど。
坂本
そのときからドット絵が描けるようになったんです。
ゲーム&ウオッチはドット絵ではありませんでしたから、『VS.レッキングクルー』から本格的なドット絵づくりをはじめたんですね。
坂本
そうですね。
あと、ファミコンの『ドンキーコングJR.』(※7)にも関わっているんですよね。
※7 『ドンキーコングJR.』=1982年に登場したアーケードゲーム。ファミコン版は1983年に発売。
坂本
そうです。ロゴとかタイトル画面とか、檻に閉じ込められているドンキーコングなどを描いたりして、宮本(茂)のお手伝いをちょっとさせてもらっただけですけどね。
絶対に描けないと思ったシャボン玉
さて、そのあとに『バルーンファイト』をつくることになって、そもそもどんなキッカケでこのゲームをつくることになったんですか?
坂本
横井さんから、「浮遊感があって、対戦もできるゲームをつくったらどうや」と言われたんです。
「絵が描けるヤツは、ゲームもつくれるはずや」と。
坂本
そうです。そこで、僕が絵を描いて、ゲームデザインをすることになり、プログラムを担当したのが、アーケード版ではSRD(※8)さんで、ファミコン版が、あの当時、ハル研究所にいた岩田(聡)(※9)さんだったんです。
※8 SRD=株式会社SRD。1979年に設立された、ゲームソフトのプログラムの受託開発や、CADパッケージの開発・販売などを行う会社。本社は京都にあり、京都事業所が任天堂本社開発棟内にある。代表取締役社長は中郷俊彦氏。
※9 岩田聡=任天堂前社長。故人。
アーケード版とファミコン版は、同時につくったんですか?
坂本
ほぼ同時だったと思います。そのへんの記憶は定かではないんですけど・・・。
30年以上も前の話ですから、忘れてしまったこともいっぱいありますよね。
坂本
そうなんですよね・・・。でも、いまでもハッキリ覚えてることがあります。このゲーム、敵を海に落としたらシャボン玉が出るじゃないですか。
はい。そのシャボン玉を取ると、得点になるんですね。
坂本
それって、ある日突然、横井さんが「シャボン玉を出せ」と言うのでつくったんですけど、最初は「無理やと思います」と言ったんです。
坂本
どうして無理だと思ったんですか?
坂本
ファミコンの時代はグラフィックがシンプルすぎて、シャボン玉のような透明感のあるものは絶対に描けないと思ったんですね。
なるほど。
坂本
すると横井さんから「お前はやる前からすぐにできへん、できへん言うて」と叱られたんです。
(笑)
坂本
「いいからいっぺんやってみい」と言うので「できへんと思いますけど、やってみます」と言って、やってみたら・・・。
やってみたら?
坂本
簡単にできたんです(笑)。
あははは(笑)。
坂本
当時は簡単な開発ツールがあって、それで実験もできたんですけど、横から横井さんが見ていて、「できてるやないか」って(笑)。すごく簡単にできてしまって・・・反省しました。それからは「無理やと思います」とか「できません」とは言わないようにしようと思いました。
岩田さんが遭遇したロマンスグレーの紳士
ところで横井さんは1941年生まれですから、坂本さんとは20歳ちかく年の差があったんですよね。
坂本
そうですね。正確に言うと、僕のほうが18歳年下でした。
で、岩田さんと坂本さんは同い年なんですよね。
坂本
そう、同学年です。
『バルーンファイト』をつくったときは、横井さんがプロデューサーで、岩田さんがファミコン版のプログラムを担当したわけですけど、そのお二人に関して、何か思い出はありますか?
坂本
あります。いまでもハッキリ覚えていることが2つあります。まず、岩田さんから聞いた話と、僕が実際に見た光景がありまして・・・まず岩田さんから聞いた話をしましょうか。
はい、お願いします。
坂本
『バルーンファイト』をつくったときは、岩田さんに京都まで来てもらい、任天堂で用意した一室でいろんな作業をしてもらっていたんです。
ハル研は当時、山梨ではなく、東京に本社があったと思うんですけど、わざわざ京都に来てもらって、プログラムの仕事をしてもらったんですね。
坂本
ずーっといてもらうのではなくって、たまに来てもらう感じでした。で、岩田さんがひとりで部屋にこもって作業をしていると、いきなりロマンスグレーの紳士が入ってきて、何にも言わずに椅子にすわって、開発中の『バルーンファイト』をずーっと触っていたそうなんです。
ロマンスグレーの紳士というのは・・・?
坂本
横井さんです。
横井さん!
坂本
それで、岩田さんも「どうしたらいいの?」と思ったらしいんですね。
ああ、岩田さんは横井さんのことをご存じじゃなかったんですね。
坂本
そうです。お互いに面識がなかったんです、あのときは。で、横井さんはかなりの長時間さんざん触ったあげく、「ここと、ここと、ここを直しといて」って言って、さっと部屋を出ていったそうなんです。それで、岩田さんは「誰、いまの人?」と思って、僕らに聞いてようやく、「ああ、あの人が横井さんだったんだ」というのがわかった・・・という話を、岩田さんから直接聞きました。
へえ~、そんなこともあったんですね。
坂本
いい話でしょう?
すごくいい話です。ひたすら黙ってゲームを触り、問題点を指摘するなんて、横井さんらしいエピソードですね。
3日間でつくった『バルーントリップ』
坂本
で、僕が直接見た、もうひとつの話をしましょう。
はい。
坂本
ちょうど『バルーントリップ』をつくっているときで・・・。
『バルーントリップ』は、『バルーンファイト』に収録されている、1人用の横スクロールゲームですけど、岩田さんはわずか3日間でつくったそうですね。
坂本
そうなんです。『バルーントリップ』は横井さんのひらめきから生まれたゲームで、「こういうものをつくってみたいなあ」と言ったのを、岩田さんが3日間で形にしたんです。で、このゲームがほぼ完成していたタイミングだったと思うんですけど、僕が岩田さんといっしょにいるところに、横井さんがやってきて、そのときはすでに面識がありましたから、「岩田さん、ご苦労さまです」と声をかけてから、『バルーントリップ』を遊びはじめたんです。例によって長々と。
はい(笑)。
坂本
で、そうやってひととおり遊んだあとで、「岩田さん、こことここを、こうしてほしいねんけどなあ」と言って、オーダーを出したんですけど、簡単に修正できるものではなかったんですね。というのも当時は、プログラムをしたものを紙に打ち出して、電話帳みたいに厚い紙の束を調べてから、修正していたんです。
面倒な時代だったんですね。
坂本
だから、何か所か直して、という話になると、少なくとも1時間くらいはかかるんです。なので、横井さんとすれば、それが直るまでは、自分の席に戻って、コーヒーでも飲んで、というつもりだったんでしょうね。岩田さんに修正を頼んでから、席を立とうとしたんです。すると岩田さんが「ちょっと待ってください」と言ってから、キーボードをタタタタタッと叩きはじめたんです。そして「できました!」と。
なんと!
坂本
そんなに速く直せるのかと、僕はすごく驚いたんですけど、横井さんも「もうできたん!?」と声をあげるくらいビックリしていたのを、いまでもよく覚えているんです。
なんだか・・・あまりにすごすぎて、言葉になりませんね。
坂本
岩田さんは全部覚えてるんですね、プログラムを。
岩田さんは「天才プログラマー」と称されたりしましたけど、そのようなエピソードを聞くと、まさにそうだったんだなと思いますね。
坂本
本当にそうですね。
よくぞ「つくれ」と言ってくれた
そもそもアーケード版にはない『バルーントリップ』を、ファミコン版に入れようという話になったのは、横井さんが遊びを足したいと思ったからなんでしょうね。
坂本
そうでしょうね。プレイヤーの選択画面には、1人用モードの「A」、2人用モードの「B」があって、それだけでは物足りないから、きっと「C」も欲しかったんでしょうね。
ああ、なるほど。「C」で『バルーントリップ』が遊べるようにしようと。そもそも、これがあるのとないのでは大違いですよね。
坂本
違いますよね。
宙に浮かんだ風船を連続で20個割ると・・・。
坂本
風船がオレンジ色に変わるんです。じつは僕自身『バルーントリップ』が一番好きで、どれだけ先まで行けるか、ということに挑むことが楽しくて、最高得点をクリアすると、動くたびに、数字がずーっと上がっていくのがすごく気持ちがいいんです。最初はちょっと操作が難しいんですけど、慣れるとけっこう思うように動かすことができるようになりますしね。
かいくぐっていく快感、みたいなものもありますね。
坂本
それに、シャボン玉をとって、スクロールを止めて、取り逃したヤツを、取るためにちょっと戻って、ということができるようになると、すごく気持ちがよかったですね。
なるほど。
坂本
だから、横井さんがよくぞ「つくれ」と言ってくれたなあと思いますよね。
本当にそうですね。ちなみに、『バルーンファイト』は、坂本さんにとっては、どんな位置づけのゲームになるんでしょうか。
坂本
自分にとっては、本格的に関わったビデオゲームとしては2作目だったわけですね。最初の『VS.レッキングクルー』のときは、いろいろと描かせてもらって・・・絵もそうですけど、ゲームにまとめるのがすごく難しかったんです。でも、そのときに悩んだことは、自分にとってはかなり勉強になりましたので、『バルーンファイト』のときはとてもやりやすかったんです。
ゲームづくりのコツがわかったと。
坂本
ええ。もちろん、いろいろな試行錯誤はありました。プレイヤーが2個風船を背負っているのがゲームデザインにすごく密接に関わっているんですが、それをどう形にするか、とか。あと、台の上の敵たちがポンプで風船をふくらませる動きができたときは、本当にうれしかったです(笑)。
せっせと風船をふくらませる仕草がかわいいですよね(笑)。
坂本
そのように、『バルーンファイト』のときは、心に余裕を持ってつくることができましたし、自分で言うのもなんですけど、2作目のときはちょっと成長したなあという実感がありましたね。
10年越しの夢が叶う
では最後に、『バルーンファイト』をどういうふうに遊んでほしいか、というメッセージをお願いします。
坂本
ある会社の人と会議をしているときに、「クラシックミニ」の話題になったんです。
はい。
坂本
その人が「僕はこれ、温泉に持っていって、お酒を飲みながら遊びたいんです」と言ったんですけど、それって僕も楽しいだろうなと思いました。
たしかに楽しそうです(笑)。
坂本
みんなで旅館に泊まって、浴衣を着て、お酒を飲みながら、『バルーンファイト』を遊ぶと楽しいやろうなあって。
軽くてちっちゃいですから、旅行カバンに入れてもじゃまになりませんしね。
坂本
で、2人用のモードで遊んで、協力プレイだといいながら、わざと仲間を倒して、それを酔ったせいにしたりとか(笑)。
あははは(笑)。あと、『バルーントリップ』で、何個の風船をとれるかを競い合うのも楽しいでしょうしね。
坂本
ちょっとクセのある操作性になっていますので、かつて遊んだお父さんから教えてもらいながら、ちっちゃいお子さんにも遊んでいただけるとうれしいですね。
ちなみに、この『バルーンファイト』が収録されている「クラシックミニ」については、どういう感想をお持ちですか?
坂本
バッチリです。
バッチリ(笑)。
坂本
じつは僕、10年くらい前にこういうことをやろうと言っていたんです。
そうなんですか!?
坂本
ファミコンの形をした、テレビに映せるゲームボーイアドバンスをつくったらおもしろいんじゃないかということで、モックアップ(模型)までつくっていたんです。
ファミコン20周年のときに、ゲームボーイアドバンスで遊べるファミコンミニのシリーズが出ましたけど・・・。
坂本
そうそう、その流れです。たまたま僕が暇やったもんですから・・・。
モックアップまでつくったんですか?
坂本
つくったんですよ。
サイズは「クラシックミニ」と比べて?
坂本
そうです。でも、そのときはまだ動くものはできていなくて、形だけで・・・でも、箱もつくったんですよ。
えっ、そうなんですか? 今回の「クラシックミニ」の箱も、ファミコン時代の箱を再現していて、すごくいい感じですよね。
坂本
そうですね。10年前もアートワークの人と相談して、パッケージのちっちゃいやつを考えたりしていたんです。
それって、ちょっと早すぎた企画だったのかもしれませんね(笑)。
坂本
早すぎたというか、お蔵入りになったくらいですから、リアリティーがなかった、ということなんでしょうね。
じゃあ、今回の「クラシックミニ」はうれしいですよね?
坂本
そりゃあうれしいです。やっとできたって。
今回は、10年越しの夢が叶って・・・。
坂本
バッチリです(笑)。
(第3回は『スーパーマリオブラザーズ』です。お楽しみに)
©2016 Nintendo